2009年10月5日月曜日

熊本城 ペーパークラフト 3日目

熊本城のペーパークラフトを作り始めて三日目です。二日目は2枚目のシートで二層目の屋根までを作りました。今日から平日なので少しペースを落とします。今日は、3枚目の1/3で、3階と4階の壁を作りました。まだ、廂を作ってません。

今日の作業時間は40分。累計5時間40分です。概ね1枚2時間半のペースです。全部で12枚なので、このペースのままで全部で30時間でできる勘定です。

これで4階建てになりました。大天守は6階建(地下1階)なので石垣を除いた大きさが見えてきました。

妻から、なんで熊本城なの?何で作ろうとおもったの?と聞かれるのですが、一応、一日目に書いたように、長男が興味を示したからなのですがよくわかりません。子供たちも、興味シンシンで見てくれるのは良いなと思ってます。そういえば、長男君からも、なぜ作るの?と聞かれて、やはり、返事に困りました。


今日は、二層目である3階と4階の壁に絞って作業をするので、切り取った部品も壁2枚と、窓の戸板8枚のみです。


壁は片側だけ付けた状態にして、二層目の屋根の下につけていきます。最後にとじたところに隙間ができないように気をつける必要があります。



下から見てもきれいに四角形にできました。


壁ができたので、窓の戸板を二日目と同様にして付けていきます



これで、3階と4階の壁が出来上がりました。




横から見ても大体まっすぐなようです。



姫路城などは結構横長なのに対して、熊本城の天守閣は上から見るとかなり正方形に近いです。それでも見る向きでこれだけ表情が違うのですね。

2009年10月4日日曜日

熊本城 ペーパークラフト 2日目

熊本城のペーパークラフトを作り始めて二日目です。一日目は1枚目までで一層目までを作りました。今日は、2枚目を使い、二層目の屋根まで作りました。今日も2時間半。累計5時間です。

だんだんそれらしくなってきました。

徐々に部品が大型化しています。一層目は6階と5階の壁とその間にある廂(屋根のような部分)まで含めて1枚でした。

作業前の予測では4階と3階の壁までいけるかと思ったのですが、どうも甘く、1日1枚ペースでした。

次の週末まではあまり時間はかけられないのでしばらくは進まないでしょうが、気長に進めていきます。


今日は二層目、二枚目のペーパーから部品を切り出し、最初に全部折ってしまいました。




最初に窓の戸板をつけてしまいました。戸板の折り方はわかりにくかったのですが、単純に折ればよいようです。


さて、二層目の大入母屋を組みます。大入母屋の屋根2枚を頭だけ付けて、5階の下につけます。


続いて破風のある残りの二辺の屋根をつけて、大入母屋屋根が出来上がります。


このとき、下の部分は全体が傾くことになりかねないので、特に丁寧に作ってます。


千鳥破風も屋根を先につけてから、破風板をつける順番です。
これで、二層目の屋根が出来上がりです。


全体のバランスも概ねよさそうです。それにしても、上から見ると正方形ですが、向きで全く印象が違うのですね。


2009年10月3日土曜日

熊本城 ペーパークラフト 1日目


長男くんが歴史を覚え始めて、安土城やら口にするようになりました。そんなこともあり、前から気になっていた、CANONのサイトにある熊本城ペーパークラフトの作成を開始しました。

全部で12枚。今日は1枚目までで大天守の一層分出来ました。ここまで2時間半。予想より時間がかかってますが、ゆがませないためにはこのあたりから気をつけないとと慎重に進めてます。このペーパークラフトは、検索すると製作記がいくつもでてきます。参考にさせていただいてます。皆様も時間はかかっているようです。

ところで、熊本城は外観五層の大天守だと思っていたのですが、下の屋根に見える部分は二層目の屋根ではなく、「廂」だそうです。下の層も同じ構造で、外観三層、内部6階地下1階の天守だそうです。熊本城は、三層5階櫓がにょきにょき立っていたことが有名ですが、大天守まで三層だったとは驚きでした。



まずは、一層目の屋根と壁です。







一層目の横につける部品を組み立てます。屋根に見える廂は4つの部品です。




組みあがった部品を、一層目につけていき、一層目が完成しました。



これまでのところゆがんでないようです。

2009年2月14日土曜日

交通事故

長男くんの愛用サッカーボールがトラックに踏まれ、破裂しました。2tクラスの小さいトラックが、路地に入ってきて子供の横を最徐行中のことでした。道脇によけていた子供が、持っていたサッカーボールを転がしてしまい、後輪に挟まれました。「ばーん」とものすごい爆発音とともに写真のようにつぶれました。サッカーボールなのでけったりなど何かと強いイメージがありましたが、小型のトラックの後輪に踏まれてものの見事にぺしゃんこにつぶれました。

本当に思うのは、ボールで済んでよかったことです。子供がこのときあわててボールを止めようとしていたらと思うとぞっとします。子供も相当ショックだったようで、なぜ、車をよけたとき気をつけなければいけないかを実感してもらえたと思ってます。

路地にトラックが入り込むことが、どのくらい危険か、実感がわきにくいと思います。しかし、この例では本当にその怖さを見れました。道脇によけた子供を避けながらですので、トラックは本当に最徐行でした。それでもこの結末です。小さな子どもたちが道脇に車を避けたとき、ふらついて巻き込まれたらどうなるでしょうか。こうならないですむ街づくりとはということを考えさせられました。

2009年2月7日土曜日

胆石


胆石を摘出しました。4年前に超音波検診で見つかったものです。無症状だったので経過観察でしたが、昨年12月ぐらいからだるさと背中痛がでたので、内視鏡手術で胆嚢ごと摘出しました。

胆嚢は病理検査に回されたので私は見てないのですが、妻によると半分腐りかかっていたそうです。手術前にした血液検査やMRI、超音波、CTではわかっていませんでした。手術してみた結果、顔色がすっかり良くなり、みぞおちの下がすっかり軽くなりました。確かに、この大きさの異物があって、臓器が腐りかかっているなら体調も悪くなるのもうなずけます。



胆石は、光に当てるときらきら光り、まさに結晶という感じです。さわってみると結構硬いです。いろいろな種類があるそうですが、私の場合はやや縦長のきれいな丸石でした。長径が27mmぐらいで、多結晶の石という感じです。

全身麻酔だったため、手術そのものは楽でした。ただ、終わった日の夜からが結構大変でした。特に、次の朝が来るまでが辛かったです。まず、タンを出さないと肺炎になるので、咳をするのですが、これがおなかを動かすので非常に痛い。また、小便のくだやらが痛い。さらに、ずっと動けないのでうっ血して痛んでくるといった感じです。

手術の次の日からどんどん歩かされます。その方が治りが早いそうです。確かに、寝ているよりも歩くとどんどん良くなる気がします。最初は10mほど先のナースステーションが1kmぐらいに感じてましたが、日に日に楽になり、人間の体の回復力というものに驚かされました。

内視鏡手術ですと通常は術後2,3日で退院だそうですが、私の場合は、術後の血液検査でアミラーゼが高かったので様子を見て退院まで5日かかりました。ア ミラーゼは膵炎(すいえん)という怖い病気の可能性を示しているようで、食事開始が1日遅れ、服薬を続けることになりましたが、そのあと、値は低くなった ようで、心配はないようです。

2009年1月25日日曜日

冬の緑化センター

日差しが暖かく、寒さが少し和らいだ一日でした。私の父親が来たので、子供たちも一緒に、一駅先にある緑化センターを散歩です。ここは細かい小径が複雑に組まれていて、子供たちは喜んで走り回りました。


暖かいとは言え、冬だからか、我が家の子供らが騒ぐ他は人影は見当たりません。


遠くに見える水車小屋もただ回り続けています。子供はといえば、珍しいのか小屋に入って、顔をだしてはしゃいでました。

普段はコンクリートに囲まれた街のすぐ側にある、このような空間で子供達の想像力が育てばと思うのですが、単に走り回って体力が鍛えられるほうが先のようです。